地元の食材たっぷりの学校給食で、いきいき町づくり
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問い合わせ先
鮫川村農作物加工・直売所〈手・まめ・館〉
〒963-8401
福島県東白川郡鮫川村大字赤坂中野字巡ケ作116
電話0247-49-2556
FAX 0247-49-2445

営業日
1月1日〜3日を除く毎日営業
営業時間
・直売所
10月〜3月
am9:30〜pm6:00
4月〜9月
am9:00〜pm7:00
・食堂
Lunch time
am11:00〜pm2:00
Cafe time
am10:00〜am11:00/
pm2:00〜4:00

まめまめしく働いて、村の暮らしの昔と今をつなぐ

直播でなく、箱苗方式で収量を上げる

 初年度からの大豆栽培者で、〈手・まめ・館〉の生産者でもある、宗田トミさんを訪ねた。「さぁさ、まず一休みして」と誘われるままに招き入れられると、手づくりの刺身こんにゃく、わさび漬、ふきと筍の煮物などが座卓いっぱいに並んだ。“ゴボッ葉”を搗き込んだ凍みもちは、近所の大豆栽培仲間・緑川末治さんの手づくりだ。

 ほとんどの人は大豆の種を直播きするのにたいして、宗田さんの方法はひと手間かかる「箱苗方式」だ。箱型の育苗箱に種を播き、四つ葉がしっかり出てハトにやられなくなったところで定植。昨年は畝間90cmにしたが、思うような収量にならなかったので、今年は畝間80cm、5寸おきに2本ずつ植え、高品質・多収量をめざす。

 今年は種25kgを植えたという宗田さん。段々畑と減反の田、合わせて3反(30a)もの面積に、夫と2人で手植えで定植するというのである。昭和13年生まれの70歳とはとても思えない、宗田さんの若々しさの秘訣は、前向きな積極性にありそうだ。〈手・まめ・館〉には季節の野菜に加えて、生わさび、わざび漬、うどやたらの芽などの山菜も出荷している。

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宗田トミさんと、大豆栽培仲間の緑川末治さん
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あと3、4日したらこの畑に大豆を定植する

〈手・まめ・館〉で情報交換

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宗田さんはひと手間かけた「箱苗方式」で収量アップをめざす

 お昼どき、再び〈手・まめ・館〉へ。

 畑でつくった野菜を出荷するために直売所にやってきて、帰りがけに直売コーナーで豆腐や味噌を買い、販売員とひとしきり談笑しているお年寄り。右隣の食堂ではランチタイムがはじまっており、ここにも出荷の帰りがけに立ち寄り、昼食のテーブルを囲みながら楽しげに語らうお年寄りの姿がある。

 食堂で使う食材のほとんどは、野菜も米も肉も村内産。本日の定食(500円)は、野菜たっぷりの酢豚と6種類もの副菜の盛り合わせが付く健康メニューだ。「達者の豆腐」の冷ややっこも注文できる。

 朝10時から夕方4時まで開店している〈手・まめ・館〉の食堂は、村民どうしのコミュニケーションの場だ。野良着のまま軽トラックでやってくれば、だれか知り合いに会える。そして話をしながら、よし、来年は自分も大豆をつくってみよう、今年こそは検査で全部1等になりたいと、やる気がわいてくる。

 畑が忙しくて病院に行くヒマがない、とは最近、村でよくいわれる冗談だ。今まではまめまめしく体を動かして大豆や野菜をつくっても売り先がなく、やる気をなくしていたお年寄りたちが、“豆で達者な村づくり”で元気を取り戻しているようすをよく表している。村役場職員の我妻さんがいっていたように、大豆ひとつで村が元気になっていったのだ。

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〈手・まめ・館〉の本日の定食は村内産野菜たっぷりの「酢豚定食」
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食堂は村民のコミュニケーションの場でもある

サメ、マメ…、そうだ、大豆がある

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大樂勝弘町長

 住民投票で合併の是非を問い、村として自立していくことを選択した鮫川村。“豆で達者な村づくり”の発案者である大樂勝弘村長を村長室に訪ね、農業を基軸とする村おこしとして、なぜ大豆に着目したのか話を聞いた。

 村長就任以前から、大豆による村おこしを構想していたのかたずねたところ、そうではないという。村長となり、農業による村の再生を模索する日々、“大豆”というキーワードがひらめいたのは、近隣の自治体に村長就任のあいさつに出かけた帰途だった。

 「どの町にも特産品や独自のキャラクターがあるが、鮫川にはこれといったものがない…。鮫川、サメガワ、サメ、サメ、マメ、…、豆!そうだ、大豆だと、思いついたんですよ(笑)」

 大豆による農業振興、村のお年寄りを元気にしたい、健康、大豆は健康食品…、「鮫川村は大豆でいこうと、それからは考えが止まらなくなりました」役場に帰り、さっそく職員に提案するとすぐに反応してくれた。職員たちも村再生の決め手を探しあぐねていたのだ。

 おりしも福島県では、減反の転用作物として大豆栽培を推し進めていたこともあり、村長就任から3ヶ月後の2003年(平成15)12月、村役場の“豆で達者な村づくり”プロジェクトがスタート。第2章でふれた村民への味噌消費量の聞き取り調査を行い、大豆の栽培計画を立て、翌年から大豆の種の格安配布を開始したのである。